「恐れ」の部屋に光を入れる。

 

ちょうど一ヶ月前、

わたしは心身のアップダウンが

激しい状態だった。

 

この時のことなんだけど。

 

この時は

整体の好転反応もあって、

身体にも痛みが出てきていて

なかなかしんどかったんだよね。

 

そこにあった感情や記憶も

どんどんリリースするために

上がってくる。

 

 

どうやら今回は、

 

自分の中にある

「恐れ」の重たい扉が

開いてしまったらしい。

 

しかたないからゆっくり開けて

光と風を入れていく。

 

 

自分の目に触れないよう、

隠されていた「恐れ」の部屋。

 

怖かった記憶や失敗した記憶、

もう思い出したくもないものが

入っている場所。

 

ざっくりいうと「黒歴史部屋」笑。

 

 

開けてみたら、

隠されて密閉されていた部屋にも

愛は充満していた。

 

 

安心して恐れていていい。

安心してそこにいてもいい。

安心して止まっていてもいい。

 

そうか。

恐れている自分にも

ちゃんと居場所は与えられていて、

 

そこはちゃんと

愛で満たされていたんだ。

 

恐れは反応だから

それ自体はなくなることはない。

 

ただ、あるなあ、でいいんだな。

 

わたし、

これが怖いんだなあ、でいいんだな。

 

気付くだけでいい。

 

いつもやってることをやるだけ。

 

ただわたしの場合

無意識に入ってるものも

たくさんあるからちょっと大変なんだな。

 

 

恐れがあると

どうしても一歩が重くなる。

 

勇気がたくさん必要になる。

 

ああ、

 

わたしが強いのは

恐れをたくさん持っていたからかも。

 

その分勇気を出してきたからかも。

 

失敗は克服しなくちゃ、

と思ってた。

 

もっとできるようにならなくちゃ、

と思ってた。

 

そうだったそうだった。

 

恐れがたくさんあったからこそ、

失敗した経験がたくさんあったからこそ、

 

わたしはそれを克服しようと

めちゃくちゃがんばってきたんだった。

 

 

こわいものが多かったからこそ、

ちゃんと勇気を出してきたからこそ、

 

いろんな事をやれる自分がいる。

(向いてるか向いてないかはまだ別の話)

 

結構できる自分を知ってる自分がいる。

 

 

そうやって勇気を出して

色んな経験を重ね、


ぶつかってはころび、


上手くいったりいかなかったり

逃げたりふんばったり、


身体がついていかなくなって

強制終了もしたけど、

 

全然へこたれずに

自分を見直し続けて、

 

結果、

宇宙と自分と世界の仕組みまで

辿り着いて、

 

しなやかで自由で、

自分のことを面白がって、

なんでもありで楽しんで、

 

ちょっとやそっとじゃ

ぶれなくなった今の自分がいる。

 

 

 

そうなのだ。

「恐れ」はわたしにとって

必要なものだった。

 

ここにくるまでのプロセスに

なくてはならないものだった。

 

 

 

そうやって気付いている間も

「こわい」という反応が

ぽこぽこと出てくる。

 

恐れの蓋はひらいている。

 

蓋が開いたからこそ

 

気付くものがある。

 

解放できるものがある。

 

 

 

「恐い」に反応する

身体を感じていたら

ぽこん、と

13歳と18歳の自分があらわれた。

 

(続く)